• エース栗原

第11章エース栗原回想記

2009年世界デュアスロン選手権アメリカ/コンコード大会


過酷すぎた大阪~東京ラン旅行の傷も癒えて、次は2回目の世界デュアスロン選手権。アメリカ/ノースカロライナ州/コンコードで開催された。

コンコードはアメリカの人気モータースポーツの一つであるNASCARの会場にもなっており、NASCAR開催中は多くのファンが集い盛り上げている場所で、今大会ではサーキットをラン・バイク共に走行するというスペシャルなコース設定になっていた。


今回の遠征もオフィシャルツアーではなく、それに沿った形で自己手配での遠征となった。旅を共にするのは、たなじゅん!


〇田中潤(立命館大)

インカレでも入賞している関西地域の学生トップアスリート。昨年は代表選考会でパンクのため選出されず。そして1つ年上にも関わらず「これから1週間も一緒に遠征するんやし、タメ口でいいで」という心の持ち主。


成田からシカゴを経由してシャーロットダグラス空港。そこからタクシーでホテルへ向かうという計画だ。成田空港に到着し、ここからアメリカの宿でオフィシャルツアーのメンバーと合流するまでは二人旅。バイク預託を終えて一安心していると空港内でアナウンスが響き渡る。


アナウンス「シカゴ経由でシャーロットへ向かう栗原様~」

僕『きっと同姓だな』


5分後


アナウンス「シカゴ経由でシャーロットへ向かう栗原正明様~」

僕『きっと同姓同名だな』


5分後


アナウンス「シカゴ経由でシャーロットへ向かう栗原正明様~」

僕『オ、オレか?!?!』


空港で名前をアナウンスされるという迷子になる以外はなかなかない体験をして、何を言われるのか緊張して案内受付に向かう。


「栗原様、Jエリアにお連れ様がお見えになっております。」


『誰だろう?フライトの時間は聞かれた記憶がある』


指定された場所に向かっていくと徐々に大きくなる声があった。


「エース―!」

「栗原~!」


そこには同じ大学・チームの仲間たちがいた。

「明日やろうは、ばかやろう!」の応援旗を掲げて。

僕はあまりの感動で脚が震えていた。

日本代表であり、大学代表であり、仲間たちの代表でもあるんだと自覚をした。この応援旗は僕にとってかけがえのない宝物になった。


「この旗をアメリカでも掲げてきて!」


旗を受け取り笑顔で手を振る仲間に僕も手を振り返し成田から遠く離れたアメリカ/コンコードへ向かった。

ほぼ一日がかりで現地ホテルに到着したころはもう夜。

ツアーメンバーとは「翌朝会おう」とメールをして就寝。

翌朝ロビーに行くも誰もいない。朝食会場にもいない。


当時はまだまだガラケーの時代。wifi環境もほぼない状態。

1通のメールでさえ100円かかっていた。

国際電話なら1分あたり200円!!majide

しかし意を決して電話で連絡する。


栗原「栗原です!今ロビーにいるんですがどこにいますか?」

コーチ「僕たちもロビーにいるよ!」


僕らしかいないロビーにいるというコーチ。

どちらかがパラレルワールドに入ってしまった可能性もあるものの、もっとも考えうる可能性…


ホテルを取り間違えた。


ツアーホテル名はHoliday Inn Express&Suites Concord

僕らのホテル名はHoliday Inn Express&Suites Charlotte Concord


惜しい。笑

なんども言うようだが、スマホで気軽にルート検索できるような時代じゃないので場所が違いがわかってから難航してしまう。ホテルの電話番号を聞いて、タクシーの運転手に渡してたどり着いた場所。そこは…


ハンバーガーショップ!nande


そこから奇跡的に出会った日本人にホテルの場所を訪ねてついにたどり着いたツアーホテル!名前も外見もとことん似てやがる…majide

みんなでレースの受付や説明会を受けてから、ホテルに戻りそこから再びタクシーで僕らのホテルに戻る。場所的にはフリーウェイを20kmほど進んだところなので、道順もわかりやすい。お金が惜しくなった僕らは翌日、自転車でツアーホテルに向かう。


もちろんフリーウェイ(=自由な道路)で。

自由の国アメリカだし。

広い路肩だし、料金所があるわけでもない。

ただ恐ろしいスピードで車が横を通る。笑


みなさんにお教えしよう。

フリーウェイは自動車専用道路だ。


5kmほど進んだところでPOLICEの車に停められ、捕まるのは免れたものの次のICで降りるように指示される。


降りたところがどこかはわからない。結局、近くにあったマクドナルドで店員にタクシーを呼んでもらうツアーホテルに到着。笑


オープニングセレモニーはサーキット内を国別に行進したり、飛行機からパラシュートで大会代表が登場するなどド派手な演出が多数あった。

(ハンガリー代表の美人アスリート キンガ)


そして迎えるレースデー。当日は冷たい雨が降り続けていた。

相変わらず先頭はハイペースで飛ばしていくものの、僕自身も第3集団内で走ることができている。最後に集団から遅れたもののバイクの乗り始めで再度追いつき高速なバイク集団で前を追っていく。

サーキット上は路面抵抗が少ないため時速50km/hもゆうゆうと出る状態。雨で路面がウェットなので、スピードの加減速がハンパじゃない。途中で集団を積極的に牽引していた高橋泰夫さんがマンホールでスリップして落車。集団内の緊張感が高まる。


先頭集団が攻めたライディングが出来ていない間に僕らの集団がついに先頭集団に追いつく、これで30人の大集団に。世界選手権で先頭集団を走行している!!

バイク終盤に痺れを切らせたバイク巧者の選手たちが逃げをうち、僕は後ろに取り残されてバイクを終了する。そして勝負の2ndRun5kmへ。

バイクを終始集団内でリラックス走行することができたため、今年は走れる!昨年の痙攣祭りとは違い前を追うことが出来ている。エリートとU23の選手が混ざって走っているため、今何位を走っているかはわからないから少なくとも抜かれることのないように必死に走っていく。そしてフィニッシュ!!

結果はなんと第6位入賞!!

表彰は3位までだったが、男子U23の過去最高順位でフィニッシュすることができた!


ご褒美に本場のフーターズで疲れを癒そうと思ったけど、ボンキュッボンではなくボントンボンくらいでぽっちゃり系多数。笑

そんなトラブル続いの遠征、無事にアメリカ遠征を終えた。

遠征のスライド動画はyoutubeでご覧ください♪

次回デュアスロンアジア選手権スービックベイ/フィリピンと4年目のデュアスロンシーズン!



© 2018 ace kurihara