• エース栗原

第33章エース栗原回想記

2017 IRONMAN World Championship

トライアスロンロングディスタンスの最高峰KONA


参加者2000人は一見多いように見えるものの、KONAの出場権を得られる世界各国の予選大会の総出場者数のべ68000人と比較するとわずか約3%のトライアスリートが出場できる超プレミアムチケット!majide


KONAの中心地、Kailua Bayには道路上に記念ポールが建てられいてトライスロンの聖地であることを実感する。

バイクのメインコースであるQueenKは、溶岩帯を行く道で何気ない傾斜がヒルクライムのように辛くなっていく感覚があり、ここで力を使いすぎると後半に響いていくことを実感する。

ランコースAli driveではフィニッシュエリアが日々完成されていくとともに、二日前にはアンダーパンツラン(Under Pants Run)が実施される。


このイベントは元々、飲食店やお土産屋に水着のまま入ってくる観光客に異を唱える行動から始まったと言われており、今では大規模なチャリティーイベントとして、参加者2300名!


朝から数多くの下着ランナーが集まり、Ali Driveを1,5mileを走破する。

"下着"の考え方はそれぞれで、男性陣の白ブリーフから始まり、キャラクターの姿、そして日本人はフンドシ!!この姿は毎年、独自の文化として海外メディアから注目を集めている。

レース前日はアスリートチェックイン!各種目の必要アイテムをいれた袋を預けバイクを自分のBibナンバーの場所にセッティングする。KONAですごいところは、トランジッションエリアに入る際、一人のアスリートに対して一人のボランティアが付き、説明はもちろん緊張をほぐす会話をしてくれる。

僕を担当してくれた女性は、以前KONAに出場したことがあり、出場できない今はレースを支える側で参加しているということを話してくれた。KONAのボランティアは選手の2倍の4000人!!majide


最後に"Have a good race."と声をかけてもらい、レースデーを迎える。

プロカテゴリーがスタートしてから30分後のスタート。これから10時間の旅にでかける。

なんといっても男子エイジクルーパーは1500名が一斉スタート!しかも世界各国の予選大会を勝ち抜いた強豪選手たちのため、実力が拮抗しているためにかなりの密集率のまま泳ぎ続ける。

3,8kmという長距離を終始集団泳をしながらスイムアップ。

スイムからバイクへ。バイクは180km!!

バイクスタート直後の上り坂が唯一といっていい、応援スポット。日本の国旗を見つけ、仲間を探す。

そこからは一人の戦い。ペーシングと今後のアップダウン、補給タイミングを考えながら進んでいく。途中、車移動できる仲間が分岐点で熱い応援をしていて元気をもらいながら進んでいく。

150kmくらいからは腰の痛みとサドルとの股ズレがひどくなりペースダウン…ここからの30kmは地獄…というかこのあとにランニング42kmあるよ。。。

バイクを終えてランへ。気分を切り替え、ランから追い上げる!と言い聞かせる。

スタートからすでに7時間が経っているが、ヘロヘロになっている選手と引き換えに応援はいつまでたってもテンションが高く、前に進む力をもらえる!

とはいうものの、ランでも走行するQueenKは果てしない道のり。

折り返しとなるEnergyLab.を通り、復路を走っていると徐々に日が沈んでいく。


『日没よりも先にフィニッシュできるかなぁ』

気分は走れメロス。笑

40kmを過ぎて再び街に帰ってきた。最後のコーナーを曲がりラスト800m。

暗くなったフィニッシュロードを走りながら、中国の予選レースやKONA遠征を応援してくれている人達を思い出していた。

この場所は誰でも見れる景色じゃない。だからこそ僕はこの景色をしっかりとシェアしていきたい。実際に体感するのに敵うモノはないけれど、出来る限りシェアしていこう。


タイムは11時間9分


IRONMANの成績としてはトップ選手とも言えないタイム。でもKONAは特別だ。


レースMCがこういっていた

「みなさんはすでに勝者だ。それぞれのウィニングロードを楽しんできて」と。


この言葉はレースに対する僕の考えにも影響を与えた。

KONAのたどり着いて、順位やタイムを気にしている人はほんのわずかな人たちだ。ほとんどの人は日本から遠く離れたKONAで226kmの道のりを終えた姿に感動し、色々な想いを感じとってくれている。

誰かにとっての一番になること。


IRONMAN KONAのフィニッシュは僕にそれを教えてくれた。


あれほど辛く苦しかった道のりがまた見たいと思える。

1年後は40回記念大会になる、ここで僕は一番の僕も応援者である両親に見にきてもらおうと思った。もちろんそのためには予選大会を勝ち抜かなければならないが、僕が大学生からやってきているトライアスロンの今の僕の姿を魅せよう。


その後、ハワイの帰国から2週間後に僕の結婚式が控えていた。


2017年エースの結婚

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